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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1389号 判決 1973年9月18日

控訴人 株式会社オーケーオートサービス

被控訴人 株式会社東京興信所

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金三〇万円およびこれに対する昭和四五年九月一七日以降支払ずみに至るまで年五分の割合の金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

二、訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

三、この判決は、担保として金一〇万円またはこれに相当する有価証券を供託するときは、かりにこれを執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和四五年九月一七日から支払ずみに至るまで年五分の割合の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において当審証人清野義雄、同押本公一の各証言を援用したほかは原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一、請求原因事実(一)ないし(四)に対する当裁判所の判断は、原審の判断と同一であるから、原判決の理由のうち、原判決七枚目表二行から同八枚目裏四行の「明らかである。」までの記載(ただし、同七枚目裏五行の「甲第一二号証の一ないし五」を「甲第一二号証の一ないし一三」に改め、同八枚目表末行の「反し、」の下に「控訴人が別紙比較表の記載のように主張するとおり、」を加える。)をここに引用する。

以上のような調査は、前判示のとおり被控訴人会社に勤務の永瀬久三の担当したものであるが、前掲証人永瀬久三の証言と前判示の事実とを併せ考えれば、永瀬は被控訴人会社に雇われてから二ケ月程度の執務歴を有するに過ぎず、それまでにはそのような仕事の経験を有しなかつたものであるところ、この調査に当つて具体的事実に関し公簿の閲覧および学校照会等の基礎的調査を試みた形跡が明らかでなく、ために未熟にも自己の見聞したところだけによつて極めて不正確で誤まつた判断をし、その殊に顕著なものとして、学事と同居者等との調査結果にあらわれたところを報告したものと推認せざるを得ないのである。そうしてこの誤まつた報告を控訴人会社に提出した被控訴人会社に過失のなかつたことを認めしめるに足る資料がない。

二、およそ、ある企業が従業員を雇い入れるに当つては、その人の身上・学歴・職歴および日常生活の環境等がどのようなものであるかに重大な関心を持ち、これらの点の真実を知ることを望むのは当然である。しかし、日時と経費と手数とを限定して強制力を伴なわない調査には、限界と困難とを伴なう。ところがいわゆる人事調査が専門の営利事業として世に行なわれており、これがかなり幅広く利用されているのであつて、興信所に調査を依頼する者は、その報告を重要資料として事を決するであろうことは、見易いところである。この現実を前提とすれば、被控訴人会社の調査における注意義務と責任とが、一片の弁明によつて回避できるような軽いものと考えることは、この制度を利用する契約当事者双方の利益と期待とに資するゆえんではない。本件においては、被控訴人会社のした報告が著じるしく不完全なものを含んでいたのに、報告書の記載からだけでは不備を発見することができず、控訴人会社は、この記載を信用して田村淳との間に正式な雇傭関係を設定したところ、その一年後から田村の不正行為が始められ、よつて財産上の損害をこおむつたというのである。たしかにこのような事態の発生は、被控訴人会社の提出した報告が事実に反することの多くを含んでいたことに直接起因するものではなく、控訴人会社のこおむつた損害は、正に従業員の人為に因由するものである。しかし若し本件において、田村の学歴詐称と、家庭生活の紊れとの一部にもせよ、疑いを挾む余地の存することが指摘されていたならば、控訴人会社としては田村を採用しないことによつて、同人の所為による損害の発生を全く回避することができたであろうし、また同人を採用したにしても、同人に対する処遇・監督を一段と工夫することによつて、あるいは生じることのあるべき損害を最少限度内にくいとめることの可能性のあつたことが考えられる。したがつて、以上のような諸般の事情のもとでは、被控訴人会社の債務の著じるしく不完全な履行と、控訴人会社の受けた損害(その内容・範囲については、なお後出の説明に譲る。)との間に相当因果関係が存し得るものと認定することが相当である。

控訴人は被控訴人に対し、本件信用調査を依頼するに際し、田村を紹介し、かつ、同人を会計係として採用するものであることを告知したと主張し、原審ならびに当審証人押本公一の各証言、原審における控訴人代表者本人尋問の結果中には右事実に沿う部分もあるが、それらの部分は原審ならびに当審証人清野義雄の各証言にてらし、いまだ措信するに足りず、他に右主張を肯認するに足りる証拠はない。しかし、控訴人が被控訴人に対して田村を会計係として採用する予定である旨を告げなかつたからといつても、前掲証人清野義雄および押本公一の各証言によつて認められるように従業員数が二〇名に満たない控訴人会社程度の企業体にあつては、どの使用人にも、程度と大小の差はあるにもせよ金銭を扱わせる機会のあることは充分予想されるところである。それ故右の告知のなされなかつたことは、被控訴人の責任を否定する理由とはならない。

三、また、被控訴人は、控訴人に対し、本件の調査報告はあくまで単なる情報の提供にすぎないのであるから、調査の結果については、損害賠償の責任を負わない旨言明し、調査報告書にもその旨記載してあり、控訴人もこれを諒承していたと主張し、成立に争いのない甲第一号証によれば、本件調査報告書の表面に細かい字で「当所は本調査に就いては損害賠償の責を負いません」と記載してあることが明らかであるが、被控訴人が控訴人より本件調査の依頼を受け、また報告をした際に、控訴人に対して、調査の結果につき責任を負わない旨を告げ、控訴人もこれを諒承したとの事実はこれを認めるに足りる証拠がない。また、被控訴人会社作成の報告書に右判示のような免責的文言が不動文字をもつて記載されているとの一事によつては、この種の契約に関して、一般的・包括的な免責約款を含む普通契約条款が行なわれていると解すべき資料であると見ることもできない。この点に関する控訴人の主張は理由がない。

四、そこで次に被控訴人が控訴人に対して賠償すべき損害の額について考える。

前記判示のとおり訴外田村が控訴人に対して昭和四三年一〇月二日から昭和四五年一月一六日に至るまでの間に与えた損害額は合計で金七一三万八〇六〇円と認められるところ、原審証人押本公一の証言によれば、控訴会社の会計年度は毎年一二月一日に始まり翌年の一一月三〇日に終るものであり、毎年の決算報告書は翌年一月中に提出されていたことを認めることができる。してみれば、控訴人は昭和四三年一〇月および一一月の田村の横領事実は、遅くともその年度の決算報告書の提出された昭和四四年一月末日までには、これを発見しえたものというべきである。なお、右押本証人の証言中昭和四三年一〇月分および一一月分の横領事実は金額が少なかつたため一月の決算報告によつては発見が不可能であつたとの趣旨の部分は、採用できない。

以上のとおりであるとすれば、控訴人は、遅くとも昭和四四年二月以降の田村の横領事実については、控訴人が当然払うべき注意を怠つたことにより、発見できなかつたものであり、これによつて生じた損害は、いわば控訴人が自ら招いた損害であつて、本件の調査との間には、相当因果関係のある損害ということはできない。

のみならず、昭和四四年一月末日までに田村が行なつた横領によつて生じた損害についても、その責任をすべて被控訴人の報告書の誤りに帰せしめることはできない。蓋し、前記押本証言によれば、控訴人会社は振替伝票、入金台帳、金銭出納簿等入金関係の一切の帳簿をすべて田村一人に記帳させ、通常の会社ならば当然行なうべき帳簿上の責任の分担による監督を怠つていたことが明らかであるからである。また原審証人清野義雄および押本公一の各証言によつて認められるように、本件の調査依頼について控訴会社が被控訴会社に支払つた報酬が金一万円に満たない少額のものであつたことも併せて考えられてよい。このような諸事情を考えるならば、被控訴人は控訴人が昭和四四年一月末までに田村の横領によつて蒙つた損害についても、そのうちほぼ三分の一が相当因果関係のある損害として、この限度において、被控訴人に対してその損害を賠償する責任を有するにとどまるのと解するのが相当である。しかるときは、成立に争いのない甲第一二号証の四によれば、昭和四三年一〇月から昭和四四年一月までの田村の横領金額は合計九四万余円と認められるので、被控訴人が控訴人に対して賠償責任を負う額はほぼその三分の一弱である金三〇万円となる。

よつて控訴人の本訴請求は右金額およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録に徴し明らかな昭和四五年九月一七日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこの限度においてこれを認容し、右の限度をこえる部分を棄却すべきであるところ、原判決はこれと異なるのでこれを変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、一九六条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 中西彦二郎 小木曾競 深田源次)

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